埋もれた遺産 第3話


「幽霊が出るんだ」

スザクのその言葉に、彼はすっと目を細めた。

「幽霊?」
「そう。1ヶ月ぐらい前からかな?僕、幽霊が見えるようになったんだ」

それは女性の幽霊だという。

「最初は、フワフワとしたピンク色の靄だったんだけど、日に日にしっかりと見えるようになって」

今では立派な一人の女性の姿を形作っているのだ。
ふわふわな霞だった時はよく判らなかったのだが、人の形として認識できるようになった頃には、会話も成立するようになっていて。

「彼女は、皆が寝静まる時間に現れて、1・2時間で消えてしまう。だから、ちょっと寝不足にはなるけど、それ以外害はないんだ。幽霊だからか、彼女は自分の名前もわからないみたいで」

彼女のことを調べて、成仏させてあげたいとおもっているんだ。
どうにかそこまで説明をすると、彼はふむ、と何やら思案しながら立ち上がった。
そして、紅茶のおかわりを入れてくれる。
どう説明していいか判らず、まとまりのない話を10分以上話していたため、その紅茶を有りがたく口にする。

「幽霊が出始める前に、変わったことはなかったのか?」
「変わったことはないんだけど、多分、と思うことはあるんだ」
「なんだ?」
「これなんだけど・・・」

僕はポケットから携帯を取り出した。
その携帯に着けているストラップ。
その一つを取り外し、彼の執務机に置いた。
それを見て、彼は目を見張った。
それはそうだろう。
どこからどう見ても破損したアクセサリー。
それを透明な強化プラスチックのケースに入れ、肌身離さず持ち歩いていた。
どんなに破損していても、どんなに薄汚れていても、どうしても持ち歩いていたくなる。僕の一番の宝物だった。

「・・・これを、どこで?」

こちらを探るような視線で、彼は聞いた。

「1ヶ月ちょっと前に、日本の名家の人達だけが参加できるオークションみたいなのがあって、僕も父さんに連れられて行ったんだ。その会場では骨董品も売られててね。そこで見つけたんだ」
「・・・成る程、骨董品として、か」

どうやら彼はこのアクセサリーに非常に強い興味をもったらしく、先ほどとは一転し、楽しげな瞳でそれを眺めていた。

「なんでも、ブリタニアに騎士制度があった頃のもので、主人が騎士に渡す騎士章らしいんだ」

騎士制度があったのはもう100年以上前の話だ。
完品の騎士章は高額で取引されているのだが、この騎士章は半分に折れていて、剣の部分の大半がなくなっていた。だから高校生の小遣でも買える値段・・・5000円で購入できた。

「この騎士章が5000円!?店のやつは、この騎士章の価値を知らないのか!?」

呆れたように彼は言った。

「え?君、騎士章の価値とかわかるの!?」
「それは知らん。だが、これの歴史的価値なら理解している」

それは、何が違うのだろう?
僕は首を傾げた。

「お前の見た幽霊は、もしかしてドレスを着た桃色の長い髪の女性じゃないのか?」

視線を騎士章に向け、優しげに微笑みながら彼は訪ねてきた。

「うん、そうだよ。どうして知ってるの!?」

僕は彼女の外見に関しては話していないはずだ。
だが、彼はピタリと彼女の特徴を言い当てた。
やはりそうかと、彼は微笑んだ。
そして、騎士章を僕へ返すと、席を立ち、書棚へと視線を向けた。
忘れたけていたが、ここには目が回るほどの数の本が書棚に収められている場所だったのだ。彼はかつかつと靴音を立てて、背後にある書棚に近づくと、そこに設置されている梯子を登った。
どうやら彼の目指す本は上の方にあるらしい。
僕が取りに行くよと言いたいところだったが、どの本にも背表紙はなく、色は黒。
これらを見分ける自信などなかった。
だから高い所まで登っていく彼を、僕はハラハラしながら見つめているしか無い。
彼の歩みは危なっかしく、運動神経もあまり良くない気がして、足を滑らせて落ちてしまうのではないだろうかと不安になった。
だから、万が一落ちてきても抱きとめられるようにと、僕は梯子を支えながらその下で彼の姿を追っていた。
明かりが届くギリギリの場所まで登った彼は、手を伸ばし一冊の本を書棚から取り出した。そして片手で階段をゆっくりと降りてくる。
先程以上に危ないバランスで降りてくるため、僕の心臓はぎゅうぎゅうに締め付けられていた。
早く下りて。早く。
落ちたら死んでしまうかもしれない。
だから早く、安全な場所に来て。
お願いだから、落ちないで。
心のなかで何度も何度も繰り返しそう呟いた。
そしてようやく、彼が無事足を床につけたのを見て、僕は全身の力が抜けるほど脱力し、安堵の息を吐いた。

「なんなんだ。ここは俺の部屋だぞ?落ちるわけ無いだろう」

心外だと言いたげに、彼は眉を寄せた。
そしてすたすたと机に向かうので、僕は慌ててその背を追った。

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